2008年3月6日木曜日

現場仕事の合間に

父島で、小笠原固有のカタツムリ達が残っている地域は、軒並み秘境と呼ぶのにふさわしい究極の僻地。仕事では、道なき道を辿って、そんな場所に調査に入る。仕事の合間にふと見渡すと、他ではないような小笠原らしい美しい光景に出合うことがたまにある。そんなとき、不純ながら、この仕事をやっていてよかったと心から思う。

写真は、モモタマナの梢越しに眺めた巽湾。モモタマナの大きくツヤツヤ照る葉っぱがなんとも個性的できれい。

小笠原固有のカタツムリ

アカガシラカラスバトに引き続き、小笠原固有の動物ネタ。

今まで書いたブログを振り返ってみると…、あったあった、去年2月26日にカタツムリネタがある。この記事にあるとおり、小笠原諸島の世界自然遺産登録に当たり、生態系、生物多様性に関しては、小笠原固有のカタツムリが最も重要であるとされている。あのブログを書いた当時は想像もしていなかったのだが、今はこの小笠原固有のカタツムリを守るための調査が仕事の日課になっている。

カタツムリは知ってのとおり一般的に動きはとても遅く、行動範囲もそれほど広くないため、小笠原固有のカタツムリ達も、それなりの住環境が残されていれば比較的よく生き残っている。ところが、小笠原諸島の中で父島だけは他の島々とは全く様子が違う。

父島には、カタマイマイ属という比較的大型のカタツムリが、カタマイマイ、チチジマカタマイマイ、アナカタマイマイ、キノボリカタマイマイの4種が生存している。下の写真はカタマイマイの殻。分厚く質感のあるダークブラウンの殻に、白いストライプが1本、スパッと入っている。一般にイメージするようなヤワいカタツムリの殻とは大分雰囲気が違って、高級感にあふれている。この殻の形や模様は、カタマイマイ属でも種や住んでいる地域によって異なり、ストライプが2本入っていたり、殻の地色が薄緑色だったりと様々。
このカタマイマイ属のカタツムリ達が、ここ最近父島では激減している。その主な元凶として指名手配されているのが、ニューギニアヤリガタリクウズムシという、外来のプラナリアの1種。プラナリアといえば、小中学校の理科の教科書に載っている、切っても切っても分裂して再生してくるという、エイリアンみたいな気味の悪い生命体。ニューギニアヤリガタリクウズムシは、長すぎるから略してニューヤリとしよう、カタツムリを好んで食べるという習性がある。
ニューギニアヤリガタリクウズムシ (ニューヤリ)
ニューヤリは、1990年代になって小笠原諸島でも父島に初めて持ち込まれたとされていて、それ以降、爆発的な勢いで増殖して、今となっては分布が父島全島を飲み込もうとするほどの勢い。ニューヤリが入り込んだ地域では、カタマイマイ属のカタツムリ達はほぼ壊滅状態になっていて、島の南部・東部の海岸沿いにわずかに生息地が残るのみの悲惨な状態に陥っている。

仕事では、このわずかに残されたカタマイマイ属のカタツムリ達の貴重な生息地を守るため、ニューヤリが何かにくっついて運ばれたり、自力の移動によって拡散したりすることを防ぐための対策を練っている。

アカガシラカラスバト同様、この戦いは始まったばかりであるが、敵があまりにも多数で目につかない相手なだけに、どうしたら拡散を止められるのか、頭の痛いところである。

2008年3月4日火曜日

アカガシラカラスバトの保全に向けて

アカガシラカラスバト (野鳥の窓:http://www.phoebastria.com/data/columba/akagasirakarasubato.html より転載)

1か月以上前、1月中旬を振り返っての話。
小笠原諸島には、アカガシラカラスバトという固有のカラスバトの亜種が生息していて、その個体数は推定わずか40~60羽と言われている。このハトを絶滅から救うためにどうしたらよいかという保全活動計画を作るための国際ワークショップが、1月10日~12日の3日間、父島で開催された。

正確にはPHVA(Population and Habitat Variability Analysis:個体群および生息地の変動性分析)ワークショップと呼ばれ、国際自然保護連合(IUCN)から希少動物種保護・増殖の専門家を迎え、それにアカガシラカラスバトの保護・増殖に関係する、できるだけ多くの関係者を巻き込んで、3日間ワークショップ会場に缶詰めになってみんなで計画をつくるというもの。

関係者とは、具体的には、環境省、林野庁、東京都、小笠原村、上野動物園(アカガシラカラスバトの飼育をしている)等の公的機関、獣医さん、地元のNPOのスタッフや地元のツアーガイドの方々等々、総勢100名を超える人たちが集った。やっそは、このワークショップに事務局ボランティアとして、またカタコトの英語を喋れることから、海外から迎える専門家のサポート係として参加させてもらった。

この手法は、日本では他にツシマヤマネコとヤンバルクイナの2種、その他世界各地で採用されていて、多くの成果を上げている。今回のワークショップに参加して、この成功の秘訣を目の当たりにした。

その秘訣とは、様々な形でアカガシラカラスバトの保全に関係する関係者が一堂に会して、3日間で保全計画を作成するという目標を共有して、そのことだけを考えて3日間議論し通すこと、そして希少動物種保護・増殖の実践経験を豊富に持つIUCN専門家の存在。

関係者が一堂に会することで、3日間という期限つきのプレッシャーを共有することで、議論を先送りにせず、次々と片付けていくことができる。議論を進める中で、必ず焦点となるのが、どれほどの数のアカガシラカラスバトを、どのような形で維持すれば絶滅が回避できるのかということ。

そこは専門家の出番、様々なケースを想定して、絶滅確率を算出するコンピューターシミュレーションをその場で走らせて、その場で結果を得る。そしてその結果を反映して更に議論を進めることができる。このシミュレーションは専門家の重要な役割ではあるが、一方で、議事進行を務めるファシリテーターとして、議論を保全活動計画策定という目標に向かって導いていくことも重要な任務。豊富な経験に裏打ちされた、柔軟かつ的確な采配で、100名以上もの大勢の参加者により執り行われる議論を、アカガシラカラスバトの保全活動計画にまとめ上げていく。


ワークショップの議論の成果について解説するフィリップ・ミラー博士

このようにしてつくり上げられた保全活動計画は、今年4月に正式な形で世に出ることになっている。アカガシラカラスバトを後世に亘って守っていく活動はここでスタートを切ったばかり、この計画にもとづいた今後の活動そのものがとても大事になってくる。

今回このワークショップに参加して、世界的に実績を上げている保全計画づくりのプロセスを経験できたことも然ることながら、サポート係として、希少動物種保護・増殖の分野では世界でも第一人者であるような専門家の方々との交流が持てたこと、その素敵な人間性に触れることができたことも大きな収穫だったように思う。

2008年2月29日金曜日

鍋に明け暮れた日々

しばらくご無沙汰しておりました。
昨年の最後のブログでは、今年のブログをより充実させるよう頑張ると書いた。
あれからもう2ヶ月が経過して、せっかく読んでくれていた読者の方々も離れてしまったかもしれない。今年初めてのブログ更新。こんな気まぐれなブログですが、今更ながら、今年もどうぞよろしくお願いします。

この2ヶ月の間、何をしていたかというと:鍋、呑み、仕事、海、…。

今年の小笠原はとにかく寒い。
小笠原に来てはや1年、去年の2月はこんなに寒くなかった。島に長く住む人たちも、口を揃えて今年は寒いという。寒いのは小笠原だけではなく、内地も然りの様子。

この寒さの原因は、長く続く冬型の気圧配置。現場仕事が多い関係上、そして小笠原の天気予報があまり当たらない関係上、気象庁のホームページで天気図をまめにチェックしている。年が明けてからは、チェックする度に西高東低の冬型の気圧配置。低気圧が北海道の北東沖に達する頃には960hpを切る台風並みの低気圧に発達することもある。この低気圧が率いる前線が西から東へ小笠原諸島を通過すると、大陸高気圧から流れ出す寒気が小笠原へ達するようになり、急に冷え込む。

そんなときは鍋がいちばん。同世代の独身の友達が多く、しかもみんな近くに住んでいるから、身を寄せ合って鍋を囲んであったまる。一度鍋をやると、必ず、次は誰の家で何鍋をしよっか、という話になる。この間は応用編でおでんになったりもした。そんな鍋鍋鍋の連鎖。

そんなこんなでとにかくひとりで過ごす夜が殆どなく、なかなか机に向かうことがなかった。

理屈っぽく長くなりましたが、以上が2ヶ月間ごぶさたした言い訳でした。

2007年12月29日土曜日

一年間ありがとうございました!

今年1年間は、自分自身にとって激動の1年間だった。
小笠原への赴任が決まったのは、昨年のちょうど今頃の時期。
今の会社を入社2年目にして、ひとり小笠原への赴任。

現地事務所の立ち上げから、仕事につけてもプライベートにつけても人間関係のゼロからの出発。日本にあって日本ではない小笠原、最初は右も左も分からず、身近に気軽に相談に乗ってくれる人もいない中で、大変なこともいっぱいあった。

あれからおよそ1年が経った今。2回目の事務所移転を完了し、今まで自宅兼事務所だったものを切り離し、広々とした事務所でアルバイトさん共々快適に仕事ができるようになった。世界遺産登録に向けたやりがいのある仕事に携わる中で得たかけがえのない仕事仲間、一緒に音楽をやり、毎週金曜日には必ず飲みに行くスイングブローの仲間達、そして2,000人に満たない人口の中で意外に多い29歳タメ年会の仲間達。内地では得られない、幅の広い人々との良い巡り会いに恵まれて、充実した日々を過ごしている。

この1年間で築き上げてきたものを振り返ると、とても感慨深いものがある。でもこれは決して自分ひとりの力で得たものではない、関わり合ってきた多くの人々から得てきた力のたまもの。不便だからこそ、日頃のご近所の助け合いが生きる場面が多い。大変だった場面を振り返ると、そのときに力を添えてくれた人達の顔が目に浮かぶよう。こんな全ての人々に対して、ありがとうと言いたい。懐の広い小笠原の人々に、感謝。そして、どれだけの方がご覧になっているのか分からないのですが、こんな独り言のようなブログを読んで頂き、ありがとうございました。

ひとまず今日の船で一旦内地へ行き、新年は5日に小笠原に戻る予定。

今年1年間で築き上げてきた土台の上に立って、小笠原のためになる仕事ができるよう、プライベートを楽しめるよう、そしてこのブログももっともっと充実させることができるよう、来年もまた頑張っていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

それでは皆様、良いお年を!

鍋付きダイビング

かれこれもう1週間ちょっと前に遡った話。鍋付きダイビングに行ってきた。

パパスダイビング恒例のイベントダイビングのひとつ、鍋付きダイビング。
12月に入り、昼間の気温が20度前後とダイビングにはちょっと寒い。
水が冷たいということもあって、水から上がって風に当たると本当に寒い。
そんなときには、船の上での鍋が最高!

ダイビングの水面休憩時間にアカハタを釣って、そのダシに持ち寄った具材を放り込んでグツグツ煮てできあがり!今回は島の中学生も参戦ということで、賑やかなメンバーで鍋を囲んで、美味しく楽しいひとときを過ごしてきた。

シロワニの妊婦


星野さんアカハタをさばく


みんなで鍋を囲んで

2007年12月11日火曜日

変わりダネ写真

日曜日、島を巡って観光スポットというスポットの写真を撮りまくってきた。
一応仕事の目的のために。

父島の中には、周りをぐるりと見回せる峰が幾つかある。
その代表選手の中央山と旭山で、ぐるりと見回した360度パノラマ写真を撮ってみた。思いつきでぐるぐる回転しながら撮った写真を、Photoshopで適当に繋ぎ合わせただけなのだが。

写真を繋ぐときに、手前の被写体と遠景の被写体とで輪郭線がどうしてもずれてしまう。連続しているはずの空の色もくっきり線が入るほど違いが出てしまう。きれいなパノラマ写真を撮るためには、画角の微妙な調整、逆光と順光の露出調整などなど、細かいテクニックが求められそう。

旭山より

中央山より(手前は展望台に据え付けられた案内板)