2010年7月12日月曜日

ロンドン動物園

田舎町カンタベリーからロンドンに出てきたついでに、ロンドン動物園に行ってきた。

こっちで生物多様性保全の勉強をしていると、Zoological Society of London、ロンドン動物園協会という名をしょっちゅう耳にする。それもそのはず、これは野生動物の調査研究に関しては世界でトップクラスの研究実績をもつ機関で、「動物園協会」の名に収まらず、世界各地で野生動物の調査研究や絶滅危惧種の保全活動をしている。

そんなわけでロンドン動物園には前々から行ってみたいと思っていたものが、やっと実現した。園内を回ってみると、見たことのない鳥やらカエルやら小型のサルやら、いろんな動物がいる。このそれぞれの動物について、その生息地や習性、絶滅の危険性や脅威などなど、丁寧な説明書きがあることに感心する。

なかでも徹底していたのはゴリラのコーナー。大きな板に、中央~東アフリカの国々で実施されている幾つかのゴリラの保全プログラムについて説明書きがあって、そのそれぞれの欄にボタンが付いている。訪問客が1ポンドを投入して、このボタンを押すことで好みの保全プログラムに募金できるという仕組み。この仕組み、単に募金を集めるというだけではなくて、どんなプログラムが動物園に来る大衆の支持を得ることができるのかを調査するにはうってつけのもの。ロンドン動物園たるもの、単なる募金に終始するはずはない。誰かがこの仕組みを使って調査をして論文を書くはず。そう思うと、この募金調査の結果に興味が向く。


ロンドン動物園は展示の作りがよくできていて、単に動物園訪問客としていろんな動物を眺めるだけでもいろんな発見があって楽しい。僕のように普段から動物保全関係の論文に埋もれた生活をしていると、文字上の動物が目の前に現れて動き回っているのを見てひとしおの感動があり、リアリティが持てる良い機会。


ピグミーコンサート

インドでのフィールドワークから、7月7日にイギリスに戻ってきた。戻ってきてみると、イギリスはすっかり夏の盛り。出発前と比べると日差しもずいぶん強くなっている様子。

そんな中、ロンドンで活動しているピアニスト松本さやかさんと、人類学者で長らく中央アフリカはカメルーンの熱帯雨林に住むピグミーの研究をしている服部志帆さんとが共演するチャリティーイベントを見に、先日7月9日にロンドンまで行ってきた。

服部さんが大学生の時、自然とともにあるピグミーの人びとの暮らしに触れたくて、単身でアフリカの熱帯雨林に飛び込んで行ってピグミーの人びととともに暮らし始めた体験談やそこでの人びとの暮らしの様子について、スライドショーを交えて臨場感のあふれるトークがあり、その間あいだには松本さんのピアノ演奏。服部さんの語るストーリーにぴったりと寄り添うような演奏で、なかには松本さん自作の曲もたくさん含まれていた。


ピグミーの人びとがどれだけ心やさしく、平等であることを大切にする人たちなのか、物をほとんど持たず、シンプルながらも心豊かな生活をしているのかということが、服部さんのトークを通してよく伝わってくる。なかでも印象的だったのが、彼らが森の中で狩猟採集の移動生活をする時には、生活必需品がすべてちいさなひとつのバスケットに収まってしまうこと。ゲストで来ていた服部さんの師匠、ロンドン大学の教授はこれをTechnological minimalism、必要最小限主義と呼んでいた。


ピグミーの人たちが古くから持つ音楽と踊りの文化は素晴らしく、古代エジプトのとあるファラオはこれを伝え聞いて、God of dancers、踊りの神と称して下臣に招へいするように命じたとか。松本さん曰く、彼らの音楽の素晴らしさはポリフォニーにあるとのこと。通常僕たちが耳にする音楽はモノフォニーといって、メロディーが主役でそれに伴奏が伴うというスタイルであるのに対して、ポリフォニーでは音楽を構成するひとつひとつの音の成分がそれぞれに奏でながらも、全体としてひとつの音楽になる。ピグミーの素晴らしいポリフォニーの根源には、平等を重んじ、主従関係を作らない彼らの社会生活があるのではないかというのが松本さんの解釈。なるほど、説得力がある。


ピグミーについては今までも論文をいくつか読んではいたけれども、そうやって単に情報として頭に入れるのと、こうやって物語、写真、そして音楽の三つの要素で体感するのとでは全く違う。ピグミーには未だ会ったこともないけれど、彼らが親しく思えるようになった素敵なイベントだった。

多くのピグミーの生活は、熱帯雨林の減少とともに危機にさらされている。ピグミーの人たちの生活を守るためにも、そしてその生活の場である熱帯雨林を守るためにも、マイノリティーであるピグミーのファンの輪を広げる松本さんと服部さんのような活動はとても大事。こんな活動を通して、ピグミーのように自然とともに生きる人たちから僕らが学ぶことは多い。

2010年7月4日日曜日

母の味


ハシャール君の家の晩御飯。お母さん手作りの味で、ほんとにおいしかった。やっぱり、レストランより家庭の味がおいしい。


ついでに家族と一緒の記念写真。ハシャール君のお父さんもお母さんも、いつも穏やかな笑顔が素敵な人たちで、家族愛を感じる温かい家庭だった。前に農村に滞在していた時のサドワリの一家にしても、素敵な人たちとの出会いに恵まれている。

調査が終わったら!

今回の調査は、ひたすら人相手のインタビュー調査。小笠原にいたころからこの方、ずっと現場で野生の植物や動物を相手に仕事をしてきたものだから、やっぱり自然を見たい。そんなわけで、インタビュー調査が完了した暁に、マハバレシュワールのハネムーン調査で通訳&案内をお願いしていた大学生のハシャールに頼み込んで、彼の生まれ故郷サタラ近辺を2日間かけて連れまわしてもらった。

彼自身は日頃からサタラ近辺の野山でヘビとクモを探し回っているマニアで、そのへんの地理には明るい。そのお気に入りのスポットを、ヘビとクモに関する詳細なガイド付きで案内してもらった。テーブルマウンテン上に広がる草原から、そのすそ野に広がる自然林、乾季にも涸れることのない清流まで、この短時間にしては見られる限りの場所を連れまわしてもらった。

インドに来てはじめて、インタビューをすることなく、自然の中で気ままに過ごすことのできた、最高に楽しいひとときだった。







インドのハネムーンスポット

村での調査が終わったら、今度は観光地でアンケート調査。調査の趣旨はこう。最初に村で調査をして、村のSacred groveに、他ではなかなみられない鳥や木のどの種類がみられるのか、こうした鳥や木について地元の村人がどんなふうに関心をもっているのか、どんな情報をもっているのかを調べる。次に、同じ鳥と木の種類について観光客がどんなふうに関心をもっているのか、地元の村人の案内でそれを見に行くツアーにどれだけお金を払う心持ちがあるのかを調べる。この結果、地元の人が愛着と情報をもっていて、なおかつ観光客がお金を払って見に来たいと思う鳥や木の種類が、こうした村々でエコツアーを推進するための目玉になるんじゃないかという考え。

今は雨季で観光地からお客さんの足が遠のく季節。そんな季節でもかろうじてたくさんの観光客をつかまえられる観光地ということで、マハバレシュワールという、インドのこの近辺ではハネムーンスポットとして有名な観光地に来た。ここはデカン高原の縁に位置していて、標高1300m近くの高度から一気に数百メートルを下る断崖絶壁が連なり、展望台からの眺めは壮大。そして雨季になるといくつもの滝が現れる。このダイナミックな眺めや滝を求めてたくさんの人がムンバイやプネーなどなど、近くの街から押し寄せる。

アンケート調査は、ヴェンナ湖という、何の変哲もない小さなダム湖のボート乗り場近くで実行。ハネムーンのカップルから大家族の団体旅行まで、次々とボートに乗りに押し寄せては去っていく。このうちのかなりの割合の人たちが、ボートに乗った後に、近くの売店でとうもろこしやらスナックやらを買って一休みする。そんなまどろみのひと時にお邪魔して、アンケート調査を実行した。


ここに来る人たちは、いわゆる一般的な旅行者。エコツアーの対象になるような、特に野生動物や植物に興味がある類の旅行者でないことを見込んでいたにも関わらず、アンケートを始めてみると、意外にも多くの人たちが興味をもって回答してくれる。なかには、ある木の種類について、ヒンドゥー教にとってどれだけ重要な木なのかをとくとくと語っていく人もいる。多くのハネムーンらしきカップルは、ふたりの間で「ねえあたなはどう思うの?」みたいに相談してから答えてくれたりもする。一方で、「ちょっとお邪魔します」と声をかけると、「邪魔しないでくれ」と断られることもあったにはあったけど…。

こんなふうに、アンケートのデータがしっかり取れただけではなくて、インドのちょい金持ち層の人びとの鳥や木に対する関心を垣間見ることのできる有意義な調査だった。

一方でこの観光地の「バザール」と呼ばれる中心街に目を向けてみると、ちょっとお粗末な眺め。ここの雨季の雨の降りようはものすごいらしく、横からも雨が降ってくるのか、建物全体がすっぽりビニールシートにくるまれている。泊まったホテルの部屋もとても清潔とはいえず、残念な感じ。まあ、インドの国民的観光地は大概こんな感じらしいのだが、日本人的感覚でいう観光地との違いにはちょっと衝撃を受けた。

2010年6月19日土曜日

農村風景

世界的な生物多様性保全業界では、国立公園などの保護区で守られた手つかずの自然ばかりが偏重される傾向がある。例えば国際的に影響力をもつ巨大環境NGOのConservation International(コンサベーション・インターナショナル)の定めるBiodiversity Hotspot(生物多様性ホットスポット)は、特定地域に固有の生物多様性がどれだけ危機に瀕しているかに基づいて選定される。その考え方はこう。まず、地域ごとの植物の種数と地域特有の固有種の種数にもとづいて地域ごとの生物多様性の価値を判定する。次に、地域全体面積のうち保護区により守られた区域の面積を算出する。この計算の結果、生物多様性の価値が高く、なおかつ保護区面積が一定基準に達していない区域を、自然が守られていない、すなわち生物多様性が危機に瀕している地域として、「生物多様性ホットスポット」と呼ぶ。この考え方の根底には、人間の居住が生物多様性にとっての脅威であるという観念があることが読み取れる。

「コンサベーション・インターナショナル」&「生物多様性ホットスポット」でグーグル検索をしてみると、生物多様性ホットスポットのデータベースに行きつく。このマップを見てみると、今やっそが調査している地域は「(インド)西ガーツ地方及びスリランカ生物多様性ホットスポット」に該当する。そして驚いたことに、日本は全土がホットスポットの真っ赤な色で塗りつぶされているではないか。

ここインドの農村に滞在していると、絶滅危惧種や希少種ではないにしろ、身近な昆虫や鳥の種類の多さに驚かされる。集落には巨大なマンゴーやジャックフルーツの古木の森に埋もれるように家々が点在して、特に古い木々には蘭やシダ植物が大量に着生している。今は雨季のはじまり、蘭がきれいな花を咲かせている。ここにはいろいろなチョウやハチが飛び交い、水がたまり始めた水田上空にはトンボが交尾飛行をしている。水路に目を向けるとメダカみたいなちいさな魚たちが群れ、その上を時たま、きれいなルビー色したカワセミがサッと横切る。そんな中で、男たちが牛を操って田をおこし、おこされたボコボコの土のかたまりを女たちが木の棒で丁寧にならしている。夜になると真っ暗な集落の中を飛び交うホタルの光がきれい。ここには、人びとの日々の営みに息づく自然がある。



いつもごはんを頂いている農家で話をしていると、おばちゃんの二人の息子のうち、長男は州都ムンバイで働いていて、二男は最寄りの街デヴルークでコンピューターサイエンスを勉強中とのこと。この子も近い将来は都会に出て働くことになるのだろう。この様子だと、このうちの後継ぎはいない。調査地の村々の人口データに目を向けてみると、多くの村で男性の数が女性に比べると明らかに少ない。極端な村では半数近く。皆、現金収入を求めて都会に出て行ってしまう。生活のためには止むを得ないのだろうけれど、その向かう先は農村の高齢・過疎化。数十年前の日本と同じ道を歩んでいる。


これから先数十年で、この農村の生活は大きな変化を迎えることになるのだろう。農家の高齢化と労働力不足、そして市場経済の拡大が農業の効率化を呼ぶと、昔から人びとの生活とともにあった自然も変化を余儀なくされる。日本で野生のトキが絶滅していったように、昔はどこにでもいたメダカやドジョウ、コウノトリが絶滅の危機に瀕しているように、インドのこの農村でも、今はどこにでもいる虫や鳥たちの運命も、これから先安泰とはいえない。そして何より、ここの素朴であたたかい人たちの生活や、美しい昔ながらの農村風景が失われることが、よそ者ながらもとても惜しい。


現地調査から一時的にNGOの事務所のある都会に戻って、ネットゲームに熱中する若者に紛れてネットカフェでブログを更新しながら、晩御飯にカレー風味のインスタントラーメンを食べながら、農村の美しい風景やおばちゃんのおいしいご飯を振り返って、Development、発展、の意味を問い質していた。

2010年6月18日金曜日

Raining





ブッダ集落

ここふつかほど、村人がSacred groveに生えている木や住んでいる鳥をどんなふうに見ているのかを調査するために、ウズガワ村に通っている。今日はこの村の集落のひとつ、ブッダワジと呼ばれる集落に行ってきた。ワジとは集落のことで、集落名はそのまんま、ブッダの集落ということ。名前の由来も単純で、ウズガワ村ではヒンドゥー教徒の集落が大多数を占める中で、この集落は珍しく皆仏教徒。村の外見上は全く他と変わらないのに、お寺に入ってみると仏様が鎮座している。

ここで意外な出会いがあった。調査の通訳をお願いしている地元大学院生のミヒル君がお寺に掲げてある看板をさらっと読みあげると、なんとここの仏様は、とある日本人によって寄贈されたものだとか。このインドの山奥まで来て仏様を寄贈するとは、なんと奇特なお坊さんがいるものだと思いながら、思わぬ出会いに感激。写真はこのお寺の中で村人にアンケート調査をしている様子。

ちょっと歩いて次の集落、バダドゥワジに行くと、今年最初の雨から数日、牛といっしょに田植えの準備にいそしむ人々で田んぼが活気づいていた。農作業は家族総出で、色とりどりの服でにぎやかに働く女性の姿、汗まみれになりながら必死で牛を操る男たちの働く姿が雨で潤った大地に馴染んでなんとも美しい。水たまりにはトンボが産卵に訪れ、田んぼの間の木立ちにはランの花が咲き誇り、生命にあふれかえっている。たぶんこれは日本が発展の過程で置き忘れてきた景色なんだろうなと思いながら、仏様を寄贈したお坊さんといい、日本とインドとのつながりを強く感じる一日だった。

Monsoon

前の投稿から半年おいて、今度の投稿はインドから。
修士論課程の後半は各自テーマを選んで修士論文研究に打ち込むことになってて、やっそが選んだのはインドのSacred Groveの生物多様性保全について。Sacred Groveとは、日本で言うお寺や神社の周りにある鎮守の森のことで、ヒンドゥー教や各地の古くからの信仰のお寺の周辺にはなかなか立派な森が残っている。インドはもともと人口密度が高く、加えて近頃の急速な発展で自然林がどんどん失われている中で、信仰や村の掟で伝統的に守られてきたSacred Groveには貴重な自然林と数多くの希少種が今なお多く残されている。そもそも自然と人間の関わりについて突っ込んだ研究がしたかったのと、日本とは遠く離れたインドの地に、日本と全く同じような形で守られてきた自然があることに興味をそそられてこのテーマを選んだ。

そんなわけで、2週間ほど前にインドに到着して、準備も整ってちょうどこれから村々を回るフィールドワークを始めるところで、なんとモンスーンの到来。調査地はインドの西海岸に連なる西ガーツ地方と呼ばれる山地で、6月から8月にかけて猛烈に雨が降る。なんてこった。

調査のことは置いといて、周りを見回すとみんなは雨に喜んではしゃいでいる模様。研究に協力してもらっている地元のAERFっていうNGOのスタッフのひとり、リチャちゃんは、大雨がふる直前の真っ黒な雲を見て「ビューティフル!」って目を輝かせて感動していた。去年の9月以降初めての雨だっていうから、みんな待ち遠しかったんだろうな。

イギリスでは冬の間、ほぼ1年の半分が悪天候で来る日も来る日も雨。本当に雨がいやになる。日本では通年雨に恵まれているせいか、そこまでは雨に喜びを感じない。インド西ガーツ地方の人びとの、モンスーン到来に対する喜びを見て感動した。年中暑くて乾燥した気候だから、飲み水や生活用水、農業のすべてがモンスーン頼み。それだけに、この自然の恵みに対する喜びもひとしおなんだろう。