2010年6月19日土曜日

農村風景

世界的な生物多様性保全業界では、国立公園などの保護区で守られた手つかずの自然ばかりが偏重される傾向がある。例えば国際的に影響力をもつ巨大環境NGOのConservation International(コンサベーション・インターナショナル)の定めるBiodiversity Hotspot(生物多様性ホットスポット)は、特定地域に固有の生物多様性がどれだけ危機に瀕しているかに基づいて選定される。その考え方はこう。まず、地域ごとの植物の種数と地域特有の固有種の種数にもとづいて地域ごとの生物多様性の価値を判定する。次に、地域全体面積のうち保護区により守られた区域の面積を算出する。この計算の結果、生物多様性の価値が高く、なおかつ保護区面積が一定基準に達していない区域を、自然が守られていない、すなわち生物多様性が危機に瀕している地域として、「生物多様性ホットスポット」と呼ぶ。この考え方の根底には、人間の居住が生物多様性にとっての脅威であるという観念があることが読み取れる。

「コンサベーション・インターナショナル」&「生物多様性ホットスポット」でグーグル検索をしてみると、生物多様性ホットスポットのデータベースに行きつく。このマップを見てみると、今やっそが調査している地域は「(インド)西ガーツ地方及びスリランカ生物多様性ホットスポット」に該当する。そして驚いたことに、日本は全土がホットスポットの真っ赤な色で塗りつぶされているではないか。

ここインドの農村に滞在していると、絶滅危惧種や希少種ではないにしろ、身近な昆虫や鳥の種類の多さに驚かされる。集落には巨大なマンゴーやジャックフルーツの古木の森に埋もれるように家々が点在して、特に古い木々には蘭やシダ植物が大量に着生している。今は雨季のはじまり、蘭がきれいな花を咲かせている。ここにはいろいろなチョウやハチが飛び交い、水がたまり始めた水田上空にはトンボが交尾飛行をしている。水路に目を向けるとメダカみたいなちいさな魚たちが群れ、その上を時たま、きれいなルビー色したカワセミがサッと横切る。そんな中で、男たちが牛を操って田をおこし、おこされたボコボコの土のかたまりを女たちが木の棒で丁寧にならしている。夜になると真っ暗な集落の中を飛び交うホタルの光がきれい。ここには、人びとの日々の営みに息づく自然がある。



いつもごはんを頂いている農家で話をしていると、おばちゃんの二人の息子のうち、長男は州都ムンバイで働いていて、二男は最寄りの街デヴルークでコンピューターサイエンスを勉強中とのこと。この子も近い将来は都会に出て働くことになるのだろう。この様子だと、このうちの後継ぎはいない。調査地の村々の人口データに目を向けてみると、多くの村で男性の数が女性に比べると明らかに少ない。極端な村では半数近く。皆、現金収入を求めて都会に出て行ってしまう。生活のためには止むを得ないのだろうけれど、その向かう先は農村の高齢・過疎化。数十年前の日本と同じ道を歩んでいる。


これから先数十年で、この農村の生活は大きな変化を迎えることになるのだろう。農家の高齢化と労働力不足、そして市場経済の拡大が農業の効率化を呼ぶと、昔から人びとの生活とともにあった自然も変化を余儀なくされる。日本で野生のトキが絶滅していったように、昔はどこにでもいたメダカやドジョウ、コウノトリが絶滅の危機に瀕しているように、インドのこの農村でも、今はどこにでもいる虫や鳥たちの運命も、これから先安泰とはいえない。そして何より、ここの素朴であたたかい人たちの生活や、美しい昔ながらの農村風景が失われることが、よそ者ながらもとても惜しい。


現地調査から一時的にNGOの事務所のある都会に戻って、ネットゲームに熱中する若者に紛れてネットカフェでブログを更新しながら、晩御飯にカレー風味のインスタントラーメンを食べながら、農村の美しい風景やおばちゃんのおいしいご飯を振り返って、Development、発展、の意味を問い質していた。

2010年6月18日金曜日

Raining





ブッダ集落

ここふつかほど、村人がSacred groveに生えている木や住んでいる鳥をどんなふうに見ているのかを調査するために、ウズガワ村に通っている。今日はこの村の集落のひとつ、ブッダワジと呼ばれる集落に行ってきた。ワジとは集落のことで、集落名はそのまんま、ブッダの集落ということ。名前の由来も単純で、ウズガワ村ではヒンドゥー教徒の集落が大多数を占める中で、この集落は珍しく皆仏教徒。村の外見上は全く他と変わらないのに、お寺に入ってみると仏様が鎮座している。

ここで意外な出会いがあった。調査の通訳をお願いしている地元大学院生のミヒル君がお寺に掲げてある看板をさらっと読みあげると、なんとここの仏様は、とある日本人によって寄贈されたものだとか。このインドの山奥まで来て仏様を寄贈するとは、なんと奇特なお坊さんがいるものだと思いながら、思わぬ出会いに感激。写真はこのお寺の中で村人にアンケート調査をしている様子。

ちょっと歩いて次の集落、バダドゥワジに行くと、今年最初の雨から数日、牛といっしょに田植えの準備にいそしむ人々で田んぼが活気づいていた。農作業は家族総出で、色とりどりの服でにぎやかに働く女性の姿、汗まみれになりながら必死で牛を操る男たちの働く姿が雨で潤った大地に馴染んでなんとも美しい。水たまりにはトンボが産卵に訪れ、田んぼの間の木立ちにはランの花が咲き誇り、生命にあふれかえっている。たぶんこれは日本が発展の過程で置き忘れてきた景色なんだろうなと思いながら、仏様を寄贈したお坊さんといい、日本とインドとのつながりを強く感じる一日だった。

Monsoon

前の投稿から半年おいて、今度の投稿はインドから。
修士論課程の後半は各自テーマを選んで修士論文研究に打ち込むことになってて、やっそが選んだのはインドのSacred Groveの生物多様性保全について。Sacred Groveとは、日本で言うお寺や神社の周りにある鎮守の森のことで、ヒンドゥー教や各地の古くからの信仰のお寺の周辺にはなかなか立派な森が残っている。インドはもともと人口密度が高く、加えて近頃の急速な発展で自然林がどんどん失われている中で、信仰や村の掟で伝統的に守られてきたSacred Groveには貴重な自然林と数多くの希少種が今なお多く残されている。そもそも自然と人間の関わりについて突っ込んだ研究がしたかったのと、日本とは遠く離れたインドの地に、日本と全く同じような形で守られてきた自然があることに興味をそそられてこのテーマを選んだ。

そんなわけで、2週間ほど前にインドに到着して、準備も整ってちょうどこれから村々を回るフィールドワークを始めるところで、なんとモンスーンの到来。調査地はインドの西海岸に連なる西ガーツ地方と呼ばれる山地で、6月から8月にかけて猛烈に雨が降る。なんてこった。

調査のことは置いといて、周りを見回すとみんなは雨に喜んではしゃいでいる模様。研究に協力してもらっている地元のAERFっていうNGOのスタッフのひとり、リチャちゃんは、大雨がふる直前の真っ黒な雲を見て「ビューティフル!」って目を輝かせて感動していた。去年の9月以降初めての雨だっていうから、みんな待ち遠しかったんだろうな。

イギリスでは冬の間、ほぼ1年の半分が悪天候で来る日も来る日も雨。本当に雨がいやになる。日本では通年雨に恵まれているせいか、そこまでは雨に喜びを感じない。インド西ガーツ地方の人びとの、モンスーン到来に対する喜びを見て感動した。年中暑くて乾燥した気候だから、飲み水や生活用水、農業のすべてがモンスーン頼み。それだけに、この自然の恵みに対する喜びもひとしおなんだろう。